昆虫の色空間の拡がり方と視感度の関係
昆虫の色空間の項において、昆虫の色空間の拡がり方は視感度曲線同士の重なり方に依存する事が示唆されました。
本項では果たして本当にそうなのかを検討します。なお、本文に先立ち、本項は完全に管理人の趣味の世界で、学術的な意義(論文誌に掲載され科学者共同体に受容される事)は(たぶん)無い事をことわっておきます。
仮説
視感度曲線があまり重ならないとき、色空間はより広く拡がるというのが仮説です。この仮説を計算機実験で扱いやすいように言い換えます。
まず、視感度曲線の重なり具合をコサイン相関として定義します。例えば、紫外型視感度曲線 SUV(λ) と青型視感度曲線 S Blue(λ) のコサイン相関 RUV, Blue を次の様に定義します。

ここで、RUV, UV = RBlue, Blue = RGreen, Green = 1 です。コサイン相関が 1 に近いほど、視感度曲線同士が重なり合っています。このコサイン相関を全ての視感度曲線の組に対して計算して、相関行列 R を求めます。

ところで、筆者の拙い線形代数の知識によると、行列式
は行列を構成する列ベクトルが張る平行六面体の体積に等しい。もしも列ベクトルのどれかが一致した場合は平行六面体を張る事はできず、体積は零になります。このような状況は全ての視感度曲線が完全に重なる(一致する)状況であり、行列 R の全ての要素が 1 となります。このとき、行列式
は 0 になります。逆に、視感度曲線同士が離れる場合は、行列式
は 0 から離れるはずです。すなわち、行列式
は視感度曲線の重なり具合、あるいは離れ具合を反映すると考えられます(注1)。
色空間の拡がり方というのは、ここでは 3 次元空間
に占める色空間の相対的な体積と解釈しました。
上記の仮説に基づき、計算機実験を行いました。
計算機実験
- 仮想的な視感度曲線の組を生成しました。(*)
- 視感度曲線の相関行列の行列式 D を求めました。
- 仮想的な放射スペクトルを 1,000 個生成しました。(**)
- 各放射スペクトルにつき、3 次元空間における座標を求めました。
- 3 次元空間における 1,000 個の点より、3 次元空間に占める色空間の相対的体積 V を推測しました。推測の方法は次の通りです。3 次元空間
を 1,000 個の小空間に等分割し、その各小空間に点が含まれるか否かを調べました。そして、少なくとも1つの点が含まれる小空間の数を 1,000 で割る事により、体積を求めようとしてみました。
- (*) に戻りました。実際は紫外線型、青型、緑型の視感度曲線の最大吸収波長を 300 → 380、400→480、500→580 までそれぞれ独立に 20 刻みで動かしました。合計で 125 回繰り返しました。
- こうして得られた行列式と体積の組 (D, V) をプロットしました(図1)。
シミュレーションを終えた後に気付いたのですが、計算量を減らすのと、なるべく条件を統一するという意味で、(*) と (**) は順序を逆にするべきでした。

図1 ある視感度曲線の組における相関行列の行列式に対して、その色空間の体積をプロットした。
図1をみると、行列式の値が大きくなるにつれて、色空間の体積は大きくなる「傾向」が見て取れます。「傾向」といったのは、誤差らしきものも同時に見て取れるからです。これが誤差なのか否かは、 (*) と (**) の方法を逆にして検討するべきです(そのうちします)。さらに、行列式と体積の関係は直線的です。ここで、切片が原点を通らないのは、今回採用した体積の推測方法では、直線や平面も体積ある物と見なされてしまうからではないかと考えています(注2)。もう少し洗練された推測方法があると良いのですが。。。
まとめ
- 視感度曲線の重なり具合が小さくなるにつれて、色空間の拡がり具合は大きくなると、概ね言えます。しかし、誤差も存在するため、その誤差の分布の様式を検討したり、他にもっと良い仮説がないか検討する必要があります。
今後の展望
- 色空間が平行六面体をなすと仮定した際に、その基底らしきものは、いかに定まるのかを調べたいです。
- 今まで計算機実験でごまかしてきたものを解析的に解ける日が来たらいいなぁ。でも、解析的に解く気がおきないような問題でも、数値的に解くだけで満足してしまう部分もあります。。。
- この結果と、実際の生物とを比較すると面白いかも。(やりました。実際の生物は Det: 0.55 → 0.75 程度をとるっぽいです。但し、その生態学的、または系統学的な説明は困難でした。残念。)
注
注1 実はあまり自信が無い。
注2 理由になっているか自信がない。誰か相談に乗ってくれたら嬉しい。