―しがない農学徒の雑記帳―

しがない農学徒が日々思うところを書き散らします。

項目

昆虫が視る色を数値化する
―昆虫の色覚にまつわる行動の研究法の基礎-

導入

本項では昆虫の色覚にまつわる行動の研究の基礎についてまとめます。日本語で読める文献がネット上にあればいいのにと昔思ったので、自分で作っちゃいました。そんなことはさておき、そもそも色覚は次の段階を経て形成されます。

この段階を経て認知された物体の色に対して、次のような性質や行動を昆虫は示します。 本項では、これらの事項のうち、前半について解説したいと思います。従来の昆虫における色にまつわる行動の研究において、多くの場合、説明変数たる色を名前、あるいは名義尺度変数として扱っていました。しかし、色名は人間の知覚に基づいており、昆虫と人間の間で色覚が同じという保障は無い(そして実際に異なる)以上、これは不適切です。そこで、昆虫にとっての色を人間の感覚から離れた指標で示す必要があります。そこで、色を物理的な対象に基づく数値尺度の変数として定義しなおす事を目標とします。一般に統計学において名義尺度よりも数値尺度変数を説明変数とした方が、解析の結果として得られる情報は豊かです。昆虫の色覚にまつわる行動においても同様なのですが、これは別の項で解説し、まずは色を数値化します。

光源からの光の放射

電気屋さんに行くと、様々な光源が販売されており、光源の種類によって光の色が異なります。例えば白熱灯だと赤味の強い色ですし、蛍光灯ならば白味の強いもの、わずかに青っぽいものなど様々です。この違いは何によって生じるのか。これは、光源の「放射スペクトル」が異なる事に起因します。放射スペクトルとは、ある波長の光が光線にどれだけ含まれているかを示したものです。ここでは L(λ) と表記します。例として図1にキセノンランプという種類の光源の放射スペクトルを示しました。この光源は幅広い波長域にわたって光を放射し、太陽光と類似した放射スペクトルを有するので、昆虫の実験には欠かせない存在です。


図1 キセノンランプの放射スペクトル。縦軸は相対値。

物体による光の反射

光源から放射された光線は物体にあたり反射します。反射には、じつは(筆者の知る限りで少なくとも)2種類あります。

鏡面反射とは、物体がテカテカしている場合の反射で、携帯電話の画面やもちろん鏡等に自分の顔が写るといった現象の事です。拡散反射とは、光線が一度物体の中に入射した後、物体内で拡散をし、再び物体外に出てくる現象の事です(図2)。私たちが普段色と認識するものは、拡散反射光に由来します。

図2 拡散反射の模式図。
光線には様々な波長成分が含まれていますが、これが物体に入射し、物体内部を透過する際、ある波長はよく吸収されるが、ある波長はあまり吸収されずに物体外部へ再び出ます。どの波長がどれだけ吸収されずに外にでるかを、反射率スペクトルといいます。ここでは R(λ) と表記します。例えば、バラ科植物の Agrimonia eupatoria の花弁の反射率スペクトルを図3に示しました。

図3 Agrimonia_eupatoria の反射率スペクトル。出典は Froral Reflectance Database (FReD): http://www.reflectance.co.uk/old/wavelength.jsp?&id=1129

この花ですが、人間には図4の様に見えます。

図4 Agrinonia eupatoria。
ここで、図1に示されたキセノンランプ下にこの花を置いた場合の拡散反射光を求めてみましょう。やり方は、放射スペクトル L(λ) と反射率スペクトル R(λ) の積 L(λ)R(λ) を求めるというものです(図5)。

図5 キセノンランプ下における Agrinonia eupatoria からの拡散反射光

視物質による反射光の受容

物を見るということは、物体からの反射光が眼に入るという事です。眼には視細胞が存在し、視細胞の細胞膜にはオプシンという視物質が含まれています。視物質が光を吸収するのですが、視物質にはよく吸収する波長、あまり吸収しない波長が存在します。これを示したものを視感度といいます。例として、ミツバチの視感度曲線を図6に示しました。ミツバチの視物質には UV を良く吸収するもの、Blue をよく吸収するもの、及び Green を良く吸収するもの、合計で3種類あります。従って視感度曲線も3つあります。視感度曲線を Suv(λ)、Sblue(λ)、Sgreen(λ) と表記します。

図6 ミツバチの視感度曲線。積分値が1になるよう正規化されている。縦軸に吸収する光の程度を示している。
各々の視物質が光をどれだけ吸収するか、これは図5に示した拡散反射光スペクトル L(λ)R(λ) と図6に示した Si(λ) (i = uv, blue, または green) の積 L(λ)R(λ)Si(λ) の積分値∫L(λ)R(λ)Si(λ)dλになります(図7)。この積分値を Qi とおき、Q =∫L(λ)R(λ)Si(λ)dλ とします。

図7 L(λ)R(λ)Si(λ)。各々の曲線と横軸に囲まれる面積(積分値)が、視物質に吸収される光の量である。
図7において実際に積分を実行すると、Quv = 0.09、Qblue = 0.05、Qgreen = 0.14 となります。 (図8)

図8 Qi (i = uv, blue, green)。視細胞が吸収する Q を円の大きさで表現した。
つまり、UV型視物質により吸収される光の量、Blue 型視物質により吸収される光の量、そして Green 型視物質により吸収される光の量の比は 0.09:0.05:0.14 です。(注: 図1の縦軸が相対値であるために比しか分かりませんが、これが絶対値(光量子束密度)であったならば、計算結果は相対値ではなく絶対値となります。)

視細胞による電位発生

現在執筆中

色とは

で、結局色とは何かですが、これには幾つかの立場があります。1つ目は視物質による光の吸収の組合わせ (Quv, Qblue, Qgreen) = (0.09, 0.05, 0.14) によって認知される性質、あるいはこれに対応する膜電位の変化 (Euv,Eblue,Egreen) によって認知される性質を色とするものです。この定義では、色味が同じだが明るさが違う色は異なる色となります。人間に例えるなら、明るい赤と暗い赤は異なる色とする定義の仕方です。これに対して、明るさが異なっても色味が同じであれば、同じ色とする 2 つ目の定義の仕方もあります。ここで、色味をいかに定義するかが問題となりますが、やり方としては、(Quv, Qblue, Qgreen) をさらに変換するというものです。ミツバチにおいては複数の変換が提唱されていますが、決定打は無い様に思えます。良く用いられているのは「Colour Hexagon」だと思いますが、これの紹介はまた今度にしたいと思います。個人的には、前者の定義の方が、統計解析になじみやすいので良いのではないかと思いますが、研究対象とか研究内容によって決めるといいと思います。

ともあれ、色を数値化しました。図4を見る限り、筆者は黄色い花だとしか思いませんが、数値化する事で、主に紫外色と緑色が混合した色であると分かりました。まず、黄色というのは人間の感覚であり、それを昆虫に押し付けるのは良くありません。これを物理的実態に即して改善したこと、及び、実験の際により豊かに解析できるという点で色を数値化する意義があるのかな、と思います。どうやって解析するかは、また別の項で解説する予定です。

参考文献

随時追加予定。